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川越電気鉄道 1.2.3.4.5
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荒川を渡った川越電鉄は大宮市へと入る。 荒川辺りは河川改修によって昔日の面影はほとんど残されていない。当時は国道16号線の上江橋も無く、田畑が広がる中を走っていたのだろう。 Vol.4では、荒川から国道17号線までの区間を紹介する。 |
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撮影No.と方向 |
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上江橋より見た旧荒川の流れ。 芝地を出た川越電鉄はこの流れを上流で渡っていた。 今のJR川越線荒川鉄橋は800mほどあるが、川越電鉄の荒川橋梁はせいぜい100mほどだったようだ。 |
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地図「1」から撮影 おおっ橋脚を発見! な〜んちゃって、これは国道16号線旧上江橋の橋脚。 私もこの橋はよく渡った。 国道16号線のバイパスが開通したときに役目を終え、解体された。 今ではこの辺りはゴルフ場となっているが、河川改修前はどんなだったのだろう。やはり田畑が広がっていたのだろうか? 写真にマウスを合わせると線路方向を表示します。 |
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地図「2」から撮影 下から見た上江橋。 |
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地図「3」から撮影 軌道はこの辺りを通っていた。 写真にマウスを合わせると線路方向を表示します。 |
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30年前の上の写真と同じ場所。 わずかに角度が違うが、橋脚の形で分かると思う。 旧上江橋が無くなっただけで、何も変わってない。砂利道もそのままだ。 |
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地図「4」から撮影 荒川近くまで行ったところ 今回は行かなかったが、風景的に変わるものはないだろう |
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地図「5」から撮影 2つ上の写真から大宮方向に振り返ったもの。 |
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地図「6」から撮影 ゴルフ場を抜け、軌道跡は田畑の真ん中を進む。 |
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地図「7」から撮影 この道で間違いないはずだが、痕跡は何も無い。 ただ畑と屋敷森があるだけだ。 |
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30年前の様子 おそらく川越方向を撮影している。 |
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屋敷森の中にポツンと潰れかかった廃屋があった。 作りはかなり古そうだ。もしかしたら軌道が走っていたころからあったものだろうか。 と思ってみたが、しかし、小さな木造家屋では70年もの歳月、持ちはしないか・・・。 |
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地図「8」から撮影 廃屋を過ぎると軌道跡はゆるやかに右に曲がる。正面には壁のような荒川堤防が見えてきた。 当時はもちろん無かったものだ。 |
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地図「9」から撮影 高木停留所跡付近 堤防に上がってみる。 家が立ち並び軌道跡は消失していた。 大宮市に入って一つ目の停留所「高木」はこの辺りにあったと思われる。 写真にマウスを合わせると線路方向を表示します。 |
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地図「10」から撮影 少し南に位置を変えてみた。 右に見えるのはJR川越線。 この先で軌道は川越線の下をくぐる。 |
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撮影No.と方向 |
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地図「11」から撮影 川越線の陸橋。 川越線は川越電鉄の廃止前に建設されているので、軌道もここをくぐっていたのは間違いないだろう。 |
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地図「12」から撮影 川越線をくぐった軌道は、旧国道16号線に沿って次の停留所、西合土を目指す。 以前の国道だけあって、残念ながら軌道跡の気配すら無い。 |
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地図「13」から撮影 西合土停留所跡。 |
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地図「14」から撮影 この辺りはすっかり変わってしまったのだろう。 歩道もガードレールも無く、自転車で走るのは辛い区間だ。 |
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地図「15」から撮影 軌道跡は大宮台地へと緩やかに登っていく。 |
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撮影No.と方向 |
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地図「16」より撮影 路側帯、狭っ! |
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地図「17」から撮影 五味貝土停車場跡 |
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地図「18」から撮影 相変わらず何もなし。コメントを付けるのも苦しくなってきた(^^; |
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地図「19」から撮影 もうすぐ内野停留所跡だ。 朝、ミニストップで肉まんを2個食べただけなので、そろそろ腹が減ってきた。 このうどん屋は噂では 美味いらしい(^^; でも我慢して先を急ぐ。 左側には古そうな自転車屋。 |
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地図「20」から撮影 内野停留所跡。 川越方向を向いて撮影。 この左側には三橋派出所がある。 こんな写真を撮っているのを見られたら、職質されそうだ(笑) なので、交番内から見えないところでカメラを構えた(^^; |
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地図「21」から撮影 内野停留所を過ぎると国道17号線「新大宮バイパス」を渡る。 片側3車線の太い道路だ。 現在、首都高速道路の延長が計画されていて、あと10年もしたら、この広い空は見えなくなってしまうだろう。 |
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思ったとおり、この区間には見るべきものは何も残されてはいなかった。名残さえも無い道路をサイクリングしていただけだ。 これは今まで何十回もここを通ったことがあるので予想はできた。 しかし、このとき撮影した風景も数十年経てば全く違うものになっているかもしれない。その記録ができただけでも良しとしなければ。 さて次回は、いよいよ終点大宮駅へと近づくわけだが、大宮駅と言えば新幹線までが開業してしまい、川越電鉄があった当時と最も違ってしまった辺りだ。 しかし、驚くことに軌道の名残は、ここで紹介した区間よりも色濃く残っていたのである。 次回、いよいよ最終回(の予定) |
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