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鉱石山鉱山軌道跡 探索

訪問日 2010/05/30 同行者:ギルさん、モリリさん、あかさん、翔平          カメラ:Nikon D90

久しぶりの廃探。ひょっとして去年の日窒以来か?
今回は群馬県利根郡川場村にある鉱石山鉱山軌道だ。
レイルマガジン社のトワイライトゾーン MANUAL11 (以下、TM11)に紹介されているこの軌道は、鉱石山という山の中腹に存在している。鉱石山という名前からも分かるように、その昔、ここには鉱山があった。
ただ、金や銀といった高価な鉱物ではなく、紙やすり等の原料になる「ざくろ石」を掘っていたらしい。鉱山が開山したのは大正時代だそうで、少量ながら銅、錫、鉄、大理石、水晶も出たらしい。
閉山は昭和40年(1965年)というから、今から45年も前のこと。私が2歳くらいのときだ。

そして、この軌道は、その鉱物を運ぶためではなく、採掘時に出る「ズリ」(鉱石を取り出す際に出る余分な石等)を捨てるためだったようだ。
そういった目的から、軌道の長さは短いものであり、およそ100m程度のようである。
しかし、たったの100mとはいっても、れっきとした軌道であり、廃探倶楽部の探索対象となるものだ。
そんな鉱石山軌道へとハイキングがてら出かけてみた。久しぶりの山歩き、足慣らしにはもってこいの場所だった。


群馬県川場村 鉱石山軌道の場所はここ

詳細図
数字は写真の場所を表す

世田谷区民の保養施設「ふじやまビレッジ」の案内にしたがって進み、それを通り越してしばらく行くと、右側に「ふじやまの湯」という温泉がある。
その先すぐに右に入る林道があるので、そこを登っていく。
林道を登っていくと広くなった場所がある。
そこが登山口だ。
車は5台くらいは止められるだろう。
ここまでの林道は、ところどころに排水用の溝が切ってあり、普通車だと慎重な運転が要求される。

実はここ、鉱石をトラックに積み替えていた場所。
ここまでは木ソリで鉱石を降ろしていたという。
ここから辿る登山道だか、確かに登山道にしては幅が広め。もともとはソリ道だったからだろう。
登山口には標識も出ているので、間違えることはないだろう。
ちなみにここは世田谷区の管理するハイキングコースになっているようだ。
9:03
登山道入口。
ここからはちょっとした急な上り坂が続く。

廃探当日は、残念ながら天気が悪く、現場は雲の中だった。
しかし、雨は降っていなかったのは幸いだった。















登山道は植林された林の中を上がっていく。
この日は5月末はと思えないくらい寒く、寒暖計は9度をさしていた。














軌道跡を目指して進む廃探倶楽部員たち。
息子の翔平は廃探などには興味は無いだろうが、山歩きにはついてくる。
実は翔平、入川森林軌道の上部軌道も辿っている隠れ廃探部員なのだ(笑)
ただ父親の趣味に付き合わされているだけであるが。













写真1

9:38

山菜を探したり、写真を撮ったりしながら、ゆっくり歩くこと35分。
ついに軌道にたどり着いた。
最初の出会いは無造作に転がされたレールの束。
このレールは別の場所から持ってきたものらしい。














翔平の足のサイズは22cmくらい。
それと比べてもこのレールがいかに小さいものか分かるだろう。















メジャーを当ててみると、レールの高さは約5cm。
6kgレールのようだ。















こんな感じに、けっこうな本数が打ち捨てられている。
写真2
そして写真奥が露天掘りの鉱山跡だ。
レールはそこから延びていたようである。














写真3

何か埋まってる・・・。
この枕木みたいなものは何だ?










ボルトが付いてる









実はこれ、ズリを運んだトロッコのフレームだ。
このボルトは車輪の軸受けを止めていたものだ。









ボルト部分のアップ














埋もれて朽ち果てている。
それでも45年も良く残っていたものだ。
残念ながら車輪は残っていなかった。









写真4
こちらは朽ち果てて潰れた小屋。
詰所か何かだったのだろうか。








写真5

ここが露天掘りの鉱山跡だ。
シダが生い茂っているが、ザクロ石の塊が転がっていた。









鉱物にはまるで疎いが、
おそらくザクロ石だろう。















さあ、いよいよここから軌道跡を辿る。












写真6

レールは登山道に沿って(と言うか軌道跡が登山道なのだが)伸びている。
露天掘りの鉱山跡まではそれなりの勾配だったのだが、
ここからは等高線に沿って軌道が敷かれているので、高低差はほとんど無い。
それもそのはず、ここは手押し軌道だったのだから当たり前。
鉱山から下り方向に軌道が伸びていればズリを満載したトロッコでも行けるだろうが、上り坂を押すのは、いかに屈強な山の男でも困難だろう。
枕木はほとんど失われ、相棒を失ったレールは離れ離れに蛇行を繰り返す。
この状況では軌間が何ミリだったのかは分からないが、TM11によると610mmだったらしい。
自分たちでも比較的状態の良い所で測ると、610mmっぽい感じだった。

ジョイント部分。
こういう軌道にありがちな、結構アバウトなつなぎ目。
それとも時が経ってジョイントが伸びてしまったのか。














写真7
一段登ったところから鉱山方向を撮影。
軌道の向こうは急斜面。














写真8
美しい新緑の中、軌道は眠り続ける。
ここで働く人がいなくなってから、すでに何十年という歳月が流れた。
犬釘があった!
小さな忘れ形見だ。














写真9
枕木は朽ち果てて、かろうじてレールだけがとどまっている。
振り返って撮影。
写真10
細いレールが森の中をカーブしていく














写真11
草が繁茂してレールを隠していく。
いつの日か土砂に埋もれて忘れ去られてしまうのだろうか。
振り返って撮影。













写真12

ゆっくりと軌道の様子を確認しながら歩いた。













写真13

土砂に押し流されて今にも崖下に落ちそうなレールが、
かろうじて踏みとどまっていた。
道床が崩れて宙に浮かんでいる。











写真14
そして、突然レールは終わる。
ここがズリ捨て場だったのだろう。
しかし、不思議なのはなぜ鉱山の下斜面にズリを捨てなかったのだろうか。
わざわざ労力をかけてトロッコで運ぶ理由もない気がするのだが。
地形図で見ると鉱山の下の谷間に捨てると、ちょうどその下に続くソリ道の上に崩れてきそうな感じがしないでもない。
それを避けるための措置だったのだろうか。
鉱石山は今まで廃探で訪ねた中では最も短いものだったが、霧に包まれた山中の軌道跡はとても印象深いものだった。
この山には他にも鉱山があり、そこにも軌道が残されているかもしれないという。いつかそれも見つけてみたいものだ。

 
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